次回の体験DAY10月23日(金) 田園調布せせらぎ館

否定は「気になっている」の裏返し。自分を認め、受け入れるということ

こんにちは。 田園調布で、書道教室を主宰しております、佐藤清景(さとうせいけい)です。

「今まで誰かに認められたいと思って生きてきたけれど、最近なんだか虚しい」

生徒さんから、そんなお話を聞くことがあります。昭和という時代背景もあったのかもしれません。

結論から申しますと、その「誰かに認められたい」という希望は、なかなか叶えられるものではありません。

「じゃあ、どうすればいいの?」と憤慨されそうですが、やはり答えはひとつ。

自分で自分を認めて生きること。それが、心の空洞を埋めるのに一番適しているのではないかと感じています。

誰かに認められたいと強く願う方は、大抵、負けず嫌いの方が多い印象です。

けれど、ご本人は「私は負けず嫌いではない」と思っていることも少なくありません。

自分の本当の気持ちに長い間蓋をしていると、あるはずの感情も【ない】ことになってしまうからです。

目次

作品を愛するあまり、つい他人の作品を否定していませんか?

「認める」ということは「受け入れる」ということです。

ですが、負けず嫌いな人にとっては、認めたくないものを認めることが、まるで「負け」のように感じられるのかもしれません。

そのため、「相手が認めてくれたら、私も認めます」と、条件付きになってしまうこともあります。これは、友人関係や夫婦間でもよくあることです。

また、芸術の世界や、私たちの日常でも同じようなことが起こっています。

「自分の作品は認めてもらいたい」 それは当然の心理です。作品を見て「良いですね」と言ってもらい、できれば購入していただきたいのが本音です。

しかし、我が子のように作品を愛するあまり、つい他の方の作品に対して「下手よね」「ここがダメよね」と、マイナスの評価をしてしまうことがあります。

まずは、他の方の作品をそっと受け入れてみる。そうすると、不思議と自分の作品も周囲に受け入れてもらいやすくなります。そこには「良い、悪い」の判断すら必要ありません。

難しいのは、相手がどうであれ「自分から率先して」オープンな心で受け入れることです。「相手がしてくれたから、お返しに自分もしてあげる」というのは、皆さんスムーズにできるのですが(笑)。

娘を丸ごと受け入れるのに、20年かかりました

実は、私自身も20代の頃まではかなりの負けず嫌いでした。

負けたくない一心で、努力もできたのです。 ですが、子供を産み育てていくにつれ、その「負けず嫌い」が発動できなくなっていきました。

「あれっ、うちの子は色々と違うぞ?」
「頑張って良い学校に入れたいけれど、あれれ?」

そんなことの連続で、先生に頭を下げることも頻繁にありました。私の負けず嫌いは、あっという間に崩れていったのです。

語り始めると逸話はたくさんありますが、娘の個人情報ですのでこれくらいに。

その娘も今は結婚し、働きながら二人の子供の母をしています。今では「うまく子供を育てているな」と感心するほどです。

ですが、彼女を丸ごと受け入れるまでに、私は20年ほどの歳月がかかりました。 時間をかけて受け入れた今、関係はとても良好です。

娘に私も受け入れてもらえたような気がして、とても心が晴れ、気持ちがいいものです。

自分だけの時間の中で、本音に気が付くこと

もちろん、すべての物事を丸ごと受け入れる必要はありませんし、何事もバランスが大事です。

まずは、自分が今までどこか否定していたものを、ひとつだけ受け入れてみてはいかがでしょうか。

「否定する」ということは、それだけ「気になっている」ということの裏返しでもあります。本当に感心のないものは、まず気にかけることすらありませんから。

そして、ご自身の本当の本音に気が付くためには、日常から少し離れて、自分だけの時間を持つことも大切です。 お教室では体験DAYもございます。

一文字一文字に集中しながら、ご自身と静かに向き合う時間を作ってみませんか?

体験随時受付中!

お教室に興味があるけれど、いきなり入会するのは緊張してしまう。
どんな感じか、まず体験してみたい。そんな方のために体験がございます。

この記事を書いた人

岩手県遠野市生まれ。外資系船会社勤務を経て、結婚・子育てをしながら書道の道へ。吉川蕉仙氏に師事し、日展入選2回、読売書法会幹事を務めるなど高い技術を持つ。2016年より田園調布にて「清景書道教室」を主宰。パリのジャパンエキスポ招待出展や、銀座・麻布十番での個展など国内外で活動。「日常に溶け込み、愛でていただける書」をコンセプトに、日常がより充実する書道教室を展開している。

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