こんにちは。
田園調布で、書道教室を主宰しております、佐藤清景(さとうせいけい)です。
本日はこの続きから書きたいと思います。
私と娘の闘いとは
【お互いを受け入れて、認める】までのことです。
奔走しました。
だってどうしていいかわからず、だけどじっとしてはいられなかったからです。
2人でカウンセリングみたいなところにも行きました。
そこで2人並んで話をしてる時に娘が泣き始めたのです。
その理由は、私が横にいるから、本能的に私が気にいるように
話さなければいけない、でも、それは本来の自分とはかけ離れているから無理だ。
もう演じられない。と、いう分析でした。
えーっ!
つまり、私は娘に「こうなって欲しい」というプレッシャーを
ずっと小さな時からかけていたのだということ。
そして、それに耐えられなくなって、思いもかけない行動に出たのだ
ということでした。
えーー、どういう事。私はそんな
プレッシャーをかけたつもりがないのでした。
つまり自覚が全くない状態でした。
それに時間をかけて彼女を受け入れてきたはずだったし、
お互いかなり歩み寄ってた。はず・・・・。
と思っていました。
うーむ。
その後また色々調べて、、、
本を読んだり、
私が変わらないといけないのだ
と、、、
変わる
人は誰でも変わりたいと思うのです。ですが、なかなか変われない。
とか、変わったつもりでも表面だけで、本心は変わってないとか。
人は確実に絶対に変わる方法。というのは持ち合わせていません。
知らないのです。
そんな中、色々調べたり、自分の心に問いかけたり、
人と話してみたり。
その中で気づいたのは、自分の中の信念(思い込み)や正義感があること。
特に私の心で顕著だっのは、
「自分が正しい」
「自分のやり方が一番だ!!。」
そんな私をわかって欲しいでした。
どうも自分に「自信がない」という思いと真逆のところにある、
「自分が一番」という思いを合わせ持っているのが心のしくみ、らしいです。
最初はえーって。思いました。
私はそんなこと思ってないし、あり得ない汗って。
結局
自分の認めたくない部分にも、目を向けて受け入れる
本来人の心は本来まあるい形だとしたら、
日常を重ねて年を重ねてくると傷ついたり、自分で
自分のダメ出しをしたりしてまあるい形が凸凹したり変形してしまっているのです。
その変形をもとの形に戻す作業が、自分自身が自分の認めたくない部分にも、目を向けて受け入れる。
受け入れて許す。
受け入れるとは受け入れがたいこともありのままに受け止める。
ありのままの自分をそのまま見つめて受け入れる。
「我」を減らしていく方法を見つける。
強要されるものではありませんから、全て自分で気づいて自分で実行するだけです。
自分の心の在り方に気づき、変わると現実がどんどん変わっていきます。
おもしろいように。
それはトライしてみてのお楽しみです。
今娘は結婚して子供を授かりました。
感謝しか今の私にはありません。
どうして身内の事を赤裸々に書くのか。
それは藁をもつかむ思いで色々探している方に届けばという思いがあるからです。
悩みの途中の方に届けばという思いの一心です。
現在、私は書を通して心が穏やかでトゲトゲしないような日常をと伝えています。
お教室でお待ちしています^ – ^。
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