こんにちは。 田園調布で、書道教室を主宰しております、佐藤清景(さとうせいけい)です。
「あと何年生きられるのかしら。それが分かれば、うまくお金を使えるのにね」
お年を召した方から、そんなお話を冗談交じりに聞くことがあります。 ですが、実はこの言葉を聞くたび、私の中にどこか小さな違和感がありました。
「使うのは『今』ではないのだろうか?」と。
「明日のことは分からないのだから、備えて貯金するのよ」とおっしゃるお気持ちもよく分かります。ですが、お金の本質は「今、欲しいと思うもの」「使いたいと思う瞬間」に素直に出せるかどうか、ということなのではないでしょうか(もちろん手持ちを超える高額なものは使えませんが)。
今回、どうしてこんなことを書きたくなったのかといいますと、週末にある出来事があったからです。

書友との別れ。亡くなる寸前まで走り抜いた姿
週末、書道を通じて大切なお付き合いをしていたお友だちのお葬式へ参列してきました。62歳という若さでした。
彼女はいつもお姉さんのように周りを温かく包み込んでくれる、とても太っ腹な方でした。人生を通して常に豊かさに恵まれた人でしたが、ここ数年は闘病生活に加えコロナ禍も重なり、思うように外出できず、じっと耐える日々が続いていました。
それでも彼女は、亡くなる寸前まで大好きな書道を続けていらっしゃいました。本当に努力の人でした。 無念だったろうなと思うと、今でも胸が締めつけられます。

「ただ生活する」のではなく「意志を持って生きる」
以前、デビ夫人が「なぜそんなにお若いのですか?」と問われた際、 「私は毎日生活していない。毎日生きているのよ」 とおっしゃっていたのを聞き、心の中で思わず拍手を送りました。
ただ時間を過ごす「生活」ではなく、自らの意志で今日を「生きる」。その強い覚悟を感じます。
もし自分の衰えや老化にガッカリして諦めそうになったら、必ず自分自身の手で新しい「楽しみ」を見つけていくこと。
その楽しみのために、自分の使える範囲内で少しお金をかける許可を自分に出してあげる。 もしお金が使えないのなら、知恵をしぼって楽しみを生み出してみる。 「あの人が羨ましいな」と思ったら、ほんの少しでも真似をして、今いる場所から一歩外へ踏み出してみる。
「あと何年あるか」を心配するのではなく、まずは今日という一日を精一杯生きる。 それを積み重ねて一週間、そして一ヶ月を丁寧に生きていく。彼女の旅立ちに立ち会い、私自身も「今日を精一杯生きよう」と強く心に誓いました。
筆と墨を手に取り、何かを表現してみたいと感じたら、どうぞ一度お教室へ足を運んでみてください。 「今」を楽しむための小さな一歩を、いつでもお待ちしております。

